歴史戦国でワクワクしたい!









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豊臣家

黒田家

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世の中出来過ぎてアヤシイ話は多々ありますが、”事実は小説より奇なり”というのもまた現実です。
天正十年(1582年)の6月3日から羽柴(豊臣)秀吉が起こした行動、俗に”中国大返し”といわれる超スピード行軍もその一つでしょう。
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あまりにスムーズすぎて秀吉黒幕説まで流れるほどですが、実際の動きはどのようなものだったのでしょうか。

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時系列を追う前に、まず が起きる直前、秀吉がどこで何をしていたのかをお話しておきましょうかね。
戦国時代ものの大河ドラマだと必ず取り上げられますので、ご存知の方も多いかとは思いますがお約束ということで。今年の『 』ではどんな感じで描かれるんですかねえ。

まあそれはさておき本題へ。



目次

  • 1

    過酷な攻めで三木も鳥取も落としたが・・・
  • 4

    10日間で200キロも移動した!?
  • 5







    徳川秀忠さんは一日27キロ 兵はついてこれず

当時、秀吉は毛利家その他中国地方の攻略を命じられていました。

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が、ここで立ちはだかったのが備中高松城とその城主・清水宗治です。



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一方、秀吉が率いていたのは3万ほど。毛利方の援軍が来れば頭数だけでも不利な上、城兵の士気はさらに上がり苦戦することは明白でした。

そこで、秀吉は奥の手に出ます。
武田征伐を終えたばかりの信長に「すいませんこっちムリなんで助けてください」(超訳)と援軍のお願いをしたのです。

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信長からの了承と脅しを受け取った秀吉は、これまた得意の土木工事を使った奇策に出ます。
堤防を作り近くの川の水をせき止め、流れを変えることによって高松城の周りを水浸しにするという”水攻め”を考え出したのです。

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ちなみに200ヘクタール=東京ドームのグラウンド約154面分になります。もう数値がデカ過ぎてワケワカメ。















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こうして毛利の援軍が合流するのを防いだ秀吉は、降伏を待つばかり……というタイミングで本能寺の変が起きました。
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前置きが長くなりましたが、ここからは時系列順に見て行きましょう。

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グーグルマップに加筆





上記の通り、「京都から200km離れてるのに何で1日で信長が死んだってわかったんだよ」とか、「行軍早すぎじゃね?」とかまあツッコミどころが満載な日程ですね。





大雑把にいうとだいたい10日間で200km移動したことになるわけですが、これがどのくらい早いのかちょっと考えてみましょうか。
パッと思いついたのが大阪冬の陣での の強行軍だったので、そっちと比較してみましょう。

当時の道程とは違いますが、面倒なので東名高速経由での東京~京都の距離で計算しますね。スイマセン数字弱いんです(´・ω・`)











これだと東京~京都間は468km。秀忠はこれを17日間で踏破しました(そして兵が追いついて来れず、家康にこっぴどく怒られました)ので、一日27km進んだことになります。







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実際、長距離を歩いたことがある方はわかると思いますが、舗装されたコンクリートの道を現代人が歩くスピードは、1時間で4キロがいいところです。だいたいは3.5キロぐらいで一日10時間、約35キロぐらいが体力の限度です。

戦国当時の道路事情は、踏み鳴らされた土ですから、もしかしたらコンクリートよりは膝などへの負担が軽いかもしれません。また、鍛えられた兵士であれば(農作業で鍛えられた農民も含む)、現代人よりも辛抱強い可能性もあるでしょう。

しかし、それでも一日70キロといえば、ほぼ24時間近く歩いていたのでは?という計算です。

その上で山崎の戦いって・・・うーむ。

そりゃこんだけのスピードで戻ってきて、さらに本能寺の変を知った経緯がはっきり記録されていないのですから黒幕説も出るわけですよね。

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長月 七紀・記


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3位 甲斐源氏の重責とは?
武田信玄 53年の生涯


戦国最強・
本物の義、武人とは


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7位 ゴツイケメンな幕臣
の信念
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8位
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9位 大政奉還から戊辰戦争
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10位 軍師の枠を超えていた!?
、真の実力


注目 いだてんモデル
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